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第4章 自由の女神(4日目)

1.国際連合 - The United Nations -

最終日。
七時ごろ起床。

NYに来たら何となくベーグルを食べないといけない気がしていたので、ガイドブックを頼りにエッサベーグルという店へ。この店では、色んな種類のベーグルと、中に挟む具を選べる。

俺はBBQチキンとセサミのベーグルを、いながきは何やらハンバーグみたいなのを注文していた。中々うまかったが、今更言うまでもなく巨大だった。

その後、国連本部へ。そう、あの国際連合である。
中学校の頃の英語の教科書に載っていたので、俺もいながきも印象に残っているのだ。

国連本部は、マンハッタンのかなり東の方にあった。
入り口には、教科書どおりにたくさんの国旗が並んでいる。
敷地内に入ると、銃身が奇妙にねじれた拳銃のモニュメントが飾られていた。
これがいわゆる「平和」の象徴なのだろう。もう我々は戦わない、という意思表示だ。

「意思表示だけなら誰でもできる」という好例と言える。

国連本部の中に入るには、またもボディチェックが必要だ。
さすがに国際連合というだけあって、今までで一番厳重にチェックされた。
もちろん、いながきは相変わらず長時間チェックされている。今度は靴も脱がされた。

中に入ると、入り口付近に代々の国連事務総長の肖像画が飾られていた。
建物の中をもう少し見学するためには10$のツアーに参加しないといけないらしかったのだが、どうせ観光客が見れる部分など高が知れているし、今日は最終日で時間ももったいなかったのでパスすることにした。とりあえず、国連の中には入れたということで満足だ。

我々は国連を後にし、次の目的地「グラウンド・ゼロ」へと向かった。


2.グラウンド・ゼロ と ウォール街

地下鉄を乗り継ぎ、グラウンド・ゼロの最寄駅へと向かう。
地下からの階段を上りきると、目の前に横たわる長くて高い金網。
金網の中には、ガイドブック上で閉鎖されていた駅を改築している様子が見える。

かつてのNY最大の建築物、世界貿易センタービル、通称ツインタワーの跡地。
9.11のテロで未曾有の大被害を出した、グラウンド・ゼロと呼ばれているエリアだ。

ツインタワーが消えたことにより、NYで一番高くなったエンパイアステートビルが現在マンハッタンのシンボルのようにそびえているのを考えても、このツインタワーが消えたことがNYにとってどれほど痛手だったかがよく分かる。

周辺では、ツインタワーの置物を売っている路上販売が数人。
金網の前には、9.11のテロ事件の様子を撮影した、生々しい写真を見せる男がいた。

そのとき、一人の男が金網に近づいた。
中で復旧作業をしている男が、金網に近づいた男に飲んでいる水をかける。
「見せもんじゃねえんだぞ!」
そう言っている様にも見えた。

何と言うか、付近に負のオーラが漂っている。
近くの建物から金網の中が見えるとかいう情報もあったが、何かそんな雰囲気ではない。
ここは長居すべき場所ではない気がした。


我々はあまり言葉を交わさず、次の目的地ウォール街へ向かった。

ウォール街は、世界の金融の中心地。
あの「ニューヨーク外国為替市場」とか「ニューヨーク株式市場」がある場所だ。
もちろん、世界恐慌の発信地だってここだ。

その正体は、ニューヨークで一番古いトリニティ教会の向かいの細い路地。
さぞ立派な大通りなのかと思えば、意外としょぼいものだ。

ただ、でっかい星条旗で飾られたニューヨーク株式市場はさすがに警備が厳重で、中に入るどころかろくに近づけもしなかった。

実は今日のコースは、「マンハッタン南下」コースだったのだが、次の目的地が一応マンハッタンの南端に位置する公園、バッテリーパークだ。

公園の入り口には、ボロボロのモニュメントがある。
元々はまともな球形(地球?)だったんだけど、何か強い力がかかってひしゃげた感じだ。
なんだろう。テーマは「破壊」か?
と思って解説を見てみると。。。

ふむ。。。
どうやらこの壊れたモニュメントは、例のツインタワーにあったものらしい。
壊れたものをモデルにしたわけではなく、本当に壊れたもののようだ。
事実を知ると、やはり痛々しい。
ちょっと心の中で祈ってみたりした。


さて、この公園にもリスがたくさんいた。どうも、日本に比べてリスの存在がものすごく一般的なようである。そして、マンハッタンの南端。
この先は船での移動が可能で、自由の女神がそびえるリバティ島へ渡れる。

だが、昔と違って今は警備が厳重になっており、自由の女神には登れない。
後で夜景を見に来る予定なので、とりあえず遠くから眺める程度にしておく。

……と思ったのだが。。

見えないよ。自由の女神。

何で見えないのかというと、壁が聳え立ってるのだ。島の南端に。
船に乗らないと、意地でも自由の女神は見せないということだろうか。
「合衆国の威信にかけて、絶対に自由の女神の只見は許さんッ!!」ということだろうか。

仕方が無いので、思い切り壁を迂回して何とか自由の女神の見える場所に行き着いた。
思っていたよりかなり遠い。こんなんだったら、わざわざ隠さんでもいいのに。



■自由の女神に関するトリビア

・自由の女神の作成には、エッフェル塔で名を知られる建築家エッフェルが関わっている。
・自由の女神はフランスから送られたものだが、その後フランスにも小さい自由の女神が作られている。
・お台場にも自由の女神があるが、これは日本とフランスの友好を記念して1998年に作られた。



ところで全然関係ないが、何でキリスト教のアメリカが、「自由の女神」なんてものを後生大事に街のシンボルにしているのだろうか。
キリスト教的には、偶像崇拝も唯一神以外の神も許せないんじゃないんだろうか?

と思ってよく考えると、英語ではStatue of Libertyで、自由の銅像。どうも勝手に日本人が女神と呼んでいるだけのようだ。あくまであれは「自由の象徴」なのだろう。事実、あの像の正式名称は「Liberty Enlightening the World」つまり「世界を照らす自由」という名前だそうだ。

ググってみると、あれは元々黒人奴隷の自由化の象徴だとか、いろいろ出てくる。興味があれば調べてみるといいかもしれない。結構奥が深そうだ。


3.ユダヤ博物館

さて、バッテリーパーク最寄駅へ戻る。
ここで俺といながきは一時解散。
というのは、俺は一昨日行きそびれたユダヤ博物館に行きたかったので、相変わらず無関心ないながきとは行動を別にした方がいいかなと思ったのだ。というか、露骨に嫌がっていたからなのだが。

午後七時に待ち合わせをして、我々は別の道をたどった。

俺の最初の目的地はインド人街。街と言っても、実際は一区画分の小さな道。だがそこに、インド料理屋が10軒ぐらい並んでいる。丁度昼飯時だったので、俺はそこでランチを取ることにした。

適当に一軒見つけて、中に入る。店の名前は…「タージマハル」。

大抵の食い物はデフレの進んでいる日本に比べて相当高いNYだが、このエリアのインド料理はかなり安い。俺の頼んだのはビーフカレー、サモサ、ナン、ライス、スープ、デザートがついて$4.95。日本ならまず倍は取られる。味は普通だが、ちゃんとコースとしてメニューが少しずつ出てくるのには驚いた。調子に乗って追加注文でタンドリーチキンを頼んだら、ものすごい量が出てきた。しかも見かけはすごくうまそうだが味は並以下だった。非常にがっかりだ。


さて、腹も膨れたしユダヤ博物館へ。
途中、何か日本ではありえないような凄まじいセンスのおもちゃ屋(?)を発見した。
何と言うか、千切れた腕の実物大フィギュアとか、超リアルなウン○の置物とか、大きな声ではいえないが小さな声では聞こえない何やら怪しげな物体が山ほど売っている。コンセプトは全くもって不明だが、「ヘンなものなら俺に任せろ!!」という心意気は感じ取れた。


というわけで、ユダヤ博物館。
一昨日は閉まっていたが、今度こそ入館できた。

ここは、今まで行った場所の中で一番チェックが厳しい。国連より厳しい。
カバンと上着は入り口で取られ、出るまで返してくれない。
さらに、屈強そうないかつい顔の男が入り口で門番をしている。
戦って勝てる相手ではない。


確かにユダヤ教とイスラム教は犬猿の仲。世を騒がせている昨今の状況では、慎重になるのも当たり前と言えば当たり前かもしれない。全く無関係に昔からチェックが厳しいのかもしれないが。

さて、俺は知らなかったのだが、ユダヤといえば七つのろうそくを差す燭台(メノラー)がシンボルらしい。館内には、ユダヤの宝物のようなものがたくさん飾られていたが、六芒星ダビデの星よりも、むしろ燭台のほうが圧倒的にシンボルっぽかった。

この館には、ものすごく恐い部屋がある。
こちらへどうぞ、と勧められた先は。。。。

真っ暗な部屋。
誰もいない。

暗闇の中で、ぽつんと女性の姿が映し出される。
部屋の壁がガラスになっているのか、壁の向こうに映し出されたような映像。
誰なのかは分からない。
何を言っているのかも分からないが、何かにおびえているように見える。
静寂の中に、寂しげな声が聞こえる。

5分ぐらいいたが、あまりに恐くて外に出てきてしまった。
何が恐かったのかよく分からない。
大体、上に書いたことも全て本当なのかよく覚えていない。
もしかしたら音が鳴っていたのかもしれないし、女の人は無言だったかもしれない。
文字は映し出されていたが。。

とにかく、一刻も早くそこから立ち去りたい。ただそれだけだった。

一通り見終わり、ミュージアムショップで目ぼしい品がないことを確かめると、すぐ側にあるセントラルパークを横切ることにした。まだ待ち合わせ時間には早いが、ちょっと見ておきたいところがあったのだ。

セントラルパークでは結構迷った。
かなりの距離を無駄に歩いてしまった。



4.トイザらス


で、俺の次の目的地は、タイムズスクエア。
ニューヨークのトイザらスがここにある。

タイムズスクエアの町並み一通り堪能した後、明らかにコロコロコミックか何かで煽っているであろう小学生向きのホビー漫画のキャラクターがでかでかと看板に映っているトイザらスを発見。やはりキャラクタービジネスは日本なのか。。

で、中に入ってみてびっくり。
何とここのトイザらスは、地上三階地下一階ぶち抜きで建物の中に観覧車が回っているのだ。
何考えてるんだアメリカ人。

入り口のみならず、キャラクター商品は日本製のものが結構多い。
いまだにドラゴンボールはものすごい人気があるようだし、なぜか遊戯王もかなりのスペースを占めていた。やはりカードゲームはアメリカになじみやすいのだろうか。

他には、エンパイアステートビルをかたどった巨大なレゴブロック(5メートルぐらい?)や、でっかい恐竜などいかにもアメリカンな感じのラインナップ。

ところで、やはりモノポリー好きの俺としては本家のモノポリーをよく見ておかねばならない。そのためにここへ来たといっても過言ではない。

そして当然、モノポリーはそこにあった。
それどころか、ちゃんとモノポリーコーナーまで設けられている。
通常版、デラックス版のほかに、ディズニー版、ニューヨーク版、ロードオブザリング版など、様々なエディションが揃っている。さすが本場は違う。
せっかくなので、記念にデラックス版を買って帰ることにした。何かに使えるかもしれない。
他に、RISKというボードゲームを買った。これは、ゲームの至上目的が「世界征服」という、まさにこのホームページにぴったりなアイテムだ。

というわけで、二台のボードゲームをぶら下げてトイザラスを出た。一瞬俺は自分がアホじゃないかと疑ったが、そんな疑念は週に8回は訪れるので問題なかった。

さすがに激しく重かったが。。我慢だ我慢。



5.ニューヨークの夜景

そんなこんなで午後七時。
いながきとの待ち合わせである、例によって、自分らの泊まっていない某ホテルに移動。トイザラスから徒歩5分程度の位置にある。
これから、オプショナルツアーの「NYの夜景」を見に行くのである。

何か、見るからに我々には分不相応な雰囲気のホテル…というか、ホテルなのかどうかも微妙な形をしている。ここでいいのだろうか?とかなり不安だったが、中を見ると見覚えのある男が座っている。いながきだ。

るしふぇる 「ああ、やっぱりここであってたんだ。
いながき 「かなりわかんないよね。ここ。
るしふぇる 「んー。俺も躊躇してた。
いながき 「だって俺中に入ったら、警備員に尋問されたもん



やっぱり先に中に入って待っていなくて正解だったようだ。
それにしても、何故このオプショナルツアーは、待ってるだけで怪しまれるような場所で待ち合わせをさせるのだろうか。。


七時を少し過ぎた頃、ガイドが現れてバスに乗り込む。
これから、三箇所からNYの夜景を満喫しに行くのである。

まず最初は、昼間行ったNYの南端の公園、バッテリーパークへ。
さっき壁に阻まれて自由の女神がよく見えなかった、その壁の向こうに入る。そこは、船着場だった。

船に乗り込み、南からマンハッタンを一望する。
船は次第にマンハッタンを離れ、隣の島へ向かう。その間、大都市にそびえる無数のビルの明かりでライトアップされたマンハッタン島を眺める。途中には、自由の女神も横に見える。世界最大の都市の夜景は、やはり世界最大なのである。

船が隣の島につくと、今度はまたマンハッタンが迫ってくる夜景が見える。銀河が迫ってくる光景は、見ていて圧巻だ。

船がマンハッタンに戻ってくると、次に向かうのはブルックリン橋
ニューヨークの夜景を「横から」見る、ということで橋のたもとに下ろしてもらい、しばらく夜景を眺める。

その後、バスはエンパイアステートビルへ。

ツインタワーが出来るまで、世界で最も高かったエンパイアステートビル。
世界恐慌の頃に2年ぐらいでできたくせに、地上102階建てのエンパイアステートビル。
エレベーターが75個もあるエンパイアステートビル。

というわけで、エレベーターでビルに登る。
途中、80階あたりでエレベーターを乗り換えて86階の展望台へ。

エレベーターを乗り換えるフロアは長蛇の列が出来る仕様になっている(行列用に道がうねっている)のだが、その日はものすごく空いていて何事もなく素通りできた。ちなみにここでは無理やり写真を取らされて後で売りつけられる。それはそうと、この乗り換えフロアで銃乱射事件があったらしい。くわばらくわばら。

そんなこんなで、展望台。
なんと、86階は外に出られるのである。86階なのに。。
明らかに寒空の広がる外に一歩踏み出した。


息を呑む。


これは…すげぇ。



まさに百万ドルの夜景が広がっていた。


日本にはこんなに高い建物は無いし、こんなに無数のビル群は存在しない。
摩天楼のひしめく大都市マンハッタンだからこそ生み出せた、奇跡的な夜景。
銀河のど真ん中に放り出されたような、視界の全てが光で埋め尽くされる幻想的な世界。

これは、言葉で語るよりも実際に見ないと分からないかもしれない。


6.牛丼


その後、オプショナルツアーは各自の泊まるホテルへ送り届けてもらう形で解散。
今日はちゃんと自分のホテルまで送ってもらえた。
昨日と一体何が違うのだろうか。


晩飯を食っていないので、遅い晩飯に出発。
目指すは……YOSHINOYA。

そう、あの牛丼の吉野家である。
43thストリートという絶好の立地にあるため、何度か目の前を通りつつも見逃してきた吉野屋に、ついに入ることが出来た。
後で聞いた話だが、NYには現在吉野家が3店舗あるらしい。

メニューは牛丼と、チキン照り焼き丼の二品。

いながきは牛丼の大盛り、俺は牛丼とチキン照り焼き丼のコンボをもらう。
さて、味はいかに・・・・・・?


結論から言うと、牛丼は日本とそれほど代わらない。
そりゃ、全く一緒かと言われると、具も米も微妙に違うので、両方並べられると違いは分かるのだが、単品で食べたときにそれは吉野家の牛丼以外の何物でもない。少なくとも、松屋の牛飯よりははるかに吉野屋の牛丼に近い。そういった牛丼である。


問題は、チキン照り焼き丼だ。
これは。。。チキンの照り焼きと、何か複数の野菜を煮転がして何らかの味をつけたものをご飯の上に載せたものなのだが、、、

まずチキンがまずい。肉そのものがひどい味だ。タレも、なんか普通の照り焼きと違う。
だが、それに添えられた野菜といったら、およそ人間の食うものではない味がした。これはひどすぎる。さすがにこれは食えず、残してしまった。


ところで、NYの吉野家には物乞いがひっきりなしに現れる。レジに並んでいる時、食事をしている時。隣に座っていた女性4人連れぐらいの日本人観光客は、背中から覆い被さるようにして何か言われていた。ちょっと居たたまれなくなったので、早々に切り上げて出てきた。

食事を終えたタイミングで丁度日付が変わる前後。
NYの地下鉄は24時間営業で、昔は犯罪の温床だったが、今は夜中に立ち入らなければ普通の交通機関として十分使えるという。時間的に微妙だったが、とりあえずおかしなところは無かった。


もしかするとさっきの吉野家も、あれは場所柄というよりは、時間の問題だったのかもしれない。時と共にNYは闇の姿を見せ始める。一軒華やかな世界の中心も、一歩裏路地に入れば貧富の差が顕となる暗黒街。光が強ければ影も色濃く映るということなのだろう。

我々は、三日間で最も活動的だったであろう最後の観光を終え、複雑な気持ちでホテルへと戻った。


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